30代が久しぶりのお葬式で直面した現実|喪服の靴トラブルと、泣けない自分への罪悪感

半年前くらいから「もう危ないかもしれない」と言われていた祖母が、90歳を超えてついに旅立ちました。

連絡が届いたのは金曜日の夕方。
「予定を空けてね」という報せに、ああ、ついにかと思いつつ、諸々の週末の予定を変更して遠方の祖母宅へと向かいました。
祖父母のお葬式は今回で4回目。
事前に心の準備ができていたこともあり、ショックというよりは、どこか冷静に淡々と受け止めていました。

大人になると、冠婚葬祭は単なる儀式ではなく、自分の人生の現在地を見つめ直す場のようになります。これは数年ぶりに参列したお葬式で得た心の動きと備忘録です。


悲しむ前に「粗相しないか」が気になる。久しぶりの葬式と、靴トラブルの一部始終

私はもういい大人なのですが、お葬式という文化に何度も直面してきたわけではありません。
お恥ずかしいことですが、毎回周囲の動きを見よう見まねで合わせて、どきどきしながら諸々の工程を済ませるような状態です。

正直、悲しさよりも、その場で「絶対に粗相をしてはいけない」という緊張に包まれてしまいます。
あと純粋に、とてもバタバタしますよね。
目まぐるしく状況が変わり、一息つけたと思えば久しぶりに会う親戚の皆さんとご挨拶…。

そして今回、あるあるかもしれないミスもやらかしました。

本当に久しぶりのお葬式だったため、普段ほとんど履く機会のない黒のパンプスをクローゼットの奥から引っ張り出してきたのです。一見すると問題なさそうに見え、そのまま持って行ったのですが、当日現地でいざ履いて歩いてみると、経年劣化のせいで表面がポロポロと剥がれ落ちていくという惨事に。

黙ってれば…大丈夫か…?とも思ったんですが、歩くたびに黒いポロポロが落ち続け「これはまずい……」と、こっそり周りの親戚にコソッと声をかけました。
すると、その親戚も「やばい、かかとが折れた」と。笑
仲間がいたことに安心しつつ、コレあるあるなんだろうなと思いながら、慌てて近くの靴屋へ駆け込むという、ドタバタ寸劇もありました。
(後から聞きましたが他の親戚も前日に慌てて買いに行ったとか。皆様、お気を付けください)

忘れた頃にやってくる冠婚葬祭の靴や服のトラブル、次回からはしっかり気を付けたいところです。
そしてこれを機に、マナーも含めてちゃんと見直そうと静かに反省しました。


お葬式で涙が出なかった。それは冷酷なのか、それとも

そんなこんなでトラブルもありつつでしたが、今回の滞在中、私はとても冷静でした。
そもそも私はこういう場で涙があまり出ないタイプだったりするので珍しくもないのですが…
(もちろん祖母のことは好きでしたし、悲しい気持ちはありました)

若干その原因に心当たりがあります。
私が高校生の頃に母の姉がなくなったのですが、そのころの伯母の年齢はとても亡くなるには早く子どもながらに衝撃を受けたものです。
あ、人っていつ亡くなってもおかしくないんだな~って。
母はとても悲しんでいましたし、夜に一人で泣いている姿も記憶に刻まれています。
そのころから私はどこか達観してしまっていて、いろんな想像を働かせてしまってたんですよね。
だから、簡単に言うと、常にうっすら覚悟をしているというか…
時に「自分は冷酷な人間なのだろうか」と罪悪感を覚えることもありましたが、どうにもこうにも、そういう経緯があり「悲しい」と思ってもどこか冷静に、俯瞰で見てしまう悪い癖がついてしまったようです。幸いなことにまだ両親は健在なのですが、本当にその日が来たとき私は何を思うんだろうと自分事ながらに興味があります。
今はこんなこと書いてますが、実際はボロボロになるかもですね。それも分かりません。

加えて、祖母との思い出も遠い昔のものが多く、近年はなかなか顔を見に行けていなかったこともあり、心のどこかで記憶と現実が紐づいていないような感覚でした。
私の記憶の中にいる祖母は、幼い自分を優しく迎え入れてくれていたまだ元気なころの祖母で、どこか非現実的だったんですよね。身勝手な話ですが。今となっては、もっと祖母が元気なうちに会いに行っておくべきだったなぁと反省しています。

そんな私に対し、年の離れた姉は涙を流していたし、実の親を亡くした父は、普段そんな感じではないのですがさすがに調子が違ったし、小さな罪悪感を抱きながら、式を終えました。


喪主を見て気づいた「次は自分たちの番」という現実

幼いころに参列したお葬式は、ただ「親の後ろにくっついて、おとなしくして、真似をする場」でしかありませんでした。しかし今、この年になって改めて参列すると、実に現実感のある焦りが襲ってきます。

喪主を務めていたおじさんはとても悲しむ余裕なんてなさそうで、溢れるタスクをこなす姿を見ながら、「ああ、これ、次は私たちがやらないといけないんだ」という現実が見えたんですよね。
幸いにも、私の親はまだ元気ではあるのですが、いつどうなってもおかしくない年齢です。

現在は親とも離れて暮らしているため、年に数回しか会う機会がありません。
今回の祖母のように「後悔しないように、もっと会っておかないといけないな」と改めて思い知らされました。
そして、自分ももういい年なんだから、自覚をもってマナーを頭に入れておきたいところです。

準備の大変さ、そして普段は見ない家族の姿、色々見えてしまう冠婚葬祭ですが、こうして強制的に親戚が集まり、それぞれの人生を見直す機会になるのは個人的には良くも悪くも刺激となりました。

そして次に実家に帰るときは、いつもより少しだけ、親の顔をちゃんと見て話そうと思います。

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