反芻思考型の人間にとって、ゲームの選び方はわりと死活問題だったりします。
自由度の高いオープンワールドや、自分で考えて道を切り開くタイプのゲームが、「脳を休めようとしているのに、ゲームの中でさらに脳を使って疲れる」という本末転倒な事態を引き起こすことがあるので。
そんな私が、Steamでのプレイ時間121時間を記録し、DLC(追加コンテンツ)を全部やり切り、2も即購入して50時間以上やったゲームがあります。
『PowerWash Simulator(パワーウォッシュシミュレーター)』。ひたすら高圧洗浄機で汚れを落とすだけのゲームです。
本当にそれだけ。なのにドハマりしました。
「何も決めなくていい」が、疲れた脳に刺さった
パワーウォッシュの設計は徹底的にシンプルです。やることは最初から最後まで「目の前の汚れを落とすこと」だけ。色も配置も選択肢も何もない。
この「何も決めなくていい」という構造が、疲れた脳にとって信じられないくらい心地よかった。
「100%正解が決まっている作業」が脳を休める
パワーウォッシュをやっているとき、頭の中がすごく静かになる感覚があります。
これ、ゲームに限らなくて。ジグソーパズルをやってるときも、洗濯物をたたんでいるときも、同じ感覚があるんですよね。
共通しているのは「やることが決まっていて、こなすだけで確実に終わるタスク」であること。正解のない悩みで頭がいっぱいのときに、「水を当てれば絶対に汚れが落ちる」という100%の正解がある作業に没頭すると、余計なことを考える隙がなくなる。
頭にふと悩みが浮かんでも、目の前の作業への集中が防波堤になって、深いところまで引き込まれる前にスッと消えていく感じ。ぼーっとしながら手だけ動かしている、あの状態がたぶん脳にとってちょうどいい休憩なんだと思います。
121時間やった先にある「最高の虚無」
各ステージをただただ無心でクリアしていった結果、気づいたらプレイ時間が121時間になっていました。1本のゲームにここまで時間を使うのは、私にしてはかなり珍しい。(昔はよくやってましたが)
このゲームの唯一の副作用は、何時間も無心で泥を落とし続けて、ハッと我に返ったときに「私は一体、何を何時間も洗っていたんだ……?」という虚無感に襲われることです。笑
でもその虚無、普段の「答えの出ない悩み」と比べると、どこか滑稽で、平和で、愛おしい。そんな虚無なら毎日でも歓迎です。
ちなみに、同ジャンルのハウスフリッパーとの違い
似たジャンルに『House Flipper(ハウスフリッパー)』があります。あれも面白いんですが、私にはパワーウォッシュほどハマらなかった。
たぶん、ハウスフリッパーは「自分で決める場面」が多いんですよね。壁紙の色、家具の配置……プレイヤーの好みやセンスが問われる要素があって、それはそれで楽しいゲームだと思います。
ただ私の場合、脳を休めたいモードのときにはその「決める」という作業自体がちょっと重くて、パワーウォッシュの「ただ落とすだけ」のシンプルさの方が性に合っていた、という感じです。どちらが優れているというより、そのときの自分の状態との相性の話だと思っています。
おわりに
仕事や日常のあれこれで頭が騒がしくなったとき、あえて難しいことを何も考えず、ただ水を当てて汚れを落とすだけの時間がこんなに救いになるとは思っていなかった。
どれだけ現実がごちゃごちゃしていても、パワーウォッシュの世界の中だけは、水を当てれば必ず汚れが落ちる。それだけで十分、という気持ちになれるゲームです。

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