(うわ、やばい、今何言ってるんだろ)
今日ミーティングで失態を犯した。
一言でいえば、自分のパートで言葉に詰まった。
いつもの自分ならしない、ちょっとした油断から。
何故なら、心配性の私はいつもはガチガチに準備しているから。今日はイレギュラーが重なり、準備を怠ってしまった。あとは多少の、油断。
気づいたのは、頭が真っ白になってから。
うわ、やっぱり私話すの苦手なんだ。全然克服してなかった。
最近はしっかり準備をして、ミーティングで喋るのも多少慣れてきて(いい歳ですが、職種柄黙々と作業している時間が長いので喋り慣れていない)ちょっといけると思ってしまった。
でも、本当の問題はここじゃなかった。
なぜなら、私がミスをしたのは全体の1割にも満たない箇所。ちょっと説明する時に言葉が出てこなくなって、しどろもどろになってしまっただけ。
そう、それだけ。
頭ではわかっている。
なのに私はもう5時間もその事を反芻してしまい落ち込んでいる。
落ち込むだけならまだいい、次から次へ自分の良くないところを思い出し、人と比べ、上司の言葉を思い出し、思考の渦に飲まれてしまっている。
ああ、同僚はセンスがあるな、私は頭が固くて真面目な(悪い意味で)ものしか作れない、あ、今日上司が私たちチームのことで得手不得手がありますからね、みたいなこと言ってたな、あれ私のことかな。不得手ってなんのことだろう。
実際のところ、今頃みんな忘れてしまっているだろう。
正直私も人がしどろもどろになっているのを見ても、ミーティングでうまく説明できてなくても、何も気にならないし、その場は大丈夫かな?と思いこそすれ、終わったら忘れている。
人の失敗なんて、余程のものじゃなければすぐに忘れる。しかもミーティングでの失態なんて誰でも経験あるだろう。私は今回みたいな経験が乏しいから、いい歳して必要以上に落ち込んでしまっているだけで。
それも分かっているのに、自分のことだけは何倍にも、何十倍にも膨らませて大袈裟に考えてしまう。
実際の問題はミーティングでミスをした、いや、ミスという程でもない、少しの失態を犯して恥をかいた、そこではなく、それを切っ掛けとして私がどんどんとひとりで勝手に沼にハマっていってしまうこと。抜け出せなくなって、すべての自分のネガティブ面に繋げて消えたくなってしまうこと。
完璧にやり遂げられなかったら台無しと思ってしまう。他の部分9割が上手くいっていても1割のミスでこの世の終わりくらい落ち込んでしまう。
頭の中が失敗で支配されてしまう。褒め言葉が心まで届かない。でも少しの失態が心も体もすべて支配してくる。
ただ不思議なのが、落ち込んでいる自分と同じぐらい冷静な自分もいること。
心底消えたくなっているのに、今自分はなんでこういう思考になっているんだろう?と冷静に分析をしている自分もいる。
だから思考がとまらない。
さて、落ち込むだけ落ち込んで、自分の気持ちを可視化して、ほんの少しだけ落ち着いてきた(かもしれない)
こういう失敗の経験を積み重ねることで、いつか何も思わなくなるんだろうな。
そう思うと、失敗はやっぱり意味のあるもの。
今回この失敗を犯さなかったら、もっと年齢を重ねてから同じことをして、余計悲惨なことになってたかもしれない。そう思おう。頑張って。
でも…やっぱり、少しだけ、説明に詰まっただけなんだよね。

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