10代の頃、インターネットの片隅に置いてきたはずの「黒歴史」。 ふとした拍子に思い出し、夜中にベッドの中でのたうち回りたくなるような過去の遺産を、あなたもどこかに抱えていないでしょうか。
私にもあります。今から約16年前、当時全盛期だった「JUGEM(ジュゲム)」で書いていた、痛痛しさ満載のオタクブログです。
さらに絶望的なことに、私はそのブログのログインIDもパスワードも、登録していたメールアドレスすらも完全に忘れてしまいました。つまり、本人が削除を望んでも二度と消すことができない、完全なる「インターネットの廃墟」として、今もネットの海を漂い続けているんですよね……。本当に勘弁してほしいです。
今回は、この消せない過去の廃墟をどうにか脳内で処理し、ほどよく達観して付き合っていくための自衛のロジックについてお話しします。
ログインできない絶望。管理権限を失ったデジタルタトゥー
当時のブログを検索し、恐る恐るページを開いたときの衝撃は今でも忘れられません。 そこに広がっていたのは、独特の改行、謎の身内ノリ、そして今見ると顔から火が出そうなほど気恥ずかしいテンションで語られるオタク特有の語り口。
「ああ、これを書いたのは間違いなく自分だ」という確信と同時に、右クリックでページを丸ごと消し去りたい衝動に駆られます。
しかし、前述の通り私にはもう管理権限がありません。JUGEMの運営側に「これは私のブログなんです」と証明する手立てすら残されていないわけです。実質的なデジタルタトゥーとして、誰にでも見られる状態のまま生きて晒され続けている。
完璧主義で心配性な私のセンサーからすれば、本来なら一秒でも早く抹消したいノイズでしかないんですよね。さっさと忘れたいのに、一度思い出すと「まだあのURLは生きている」という事実が、頭の片隅を占有し始めてしまいます。
他人の視線がなかった、あの頃の無菌室のようなインターネット
けれど、のたうち回るほどの気恥ずかしさを一周まわって通り過ぎたとき、ふと、ある種の羨ましさのような感情が湧いてきたんです。
そこに転がっていたのは、今のSNS(XやInstagram)のように「いいねの数」も「インプレッション」も「他人の視線」も、1ミリも気にしていなかった頃の、純度100%の自分の言葉でした。
誰に届くかもわからない。誰かに評価されたいわけでもない。 ただ、自分がそのとき好きだったアニメや漫画、日常のどうでもいいログを、ただ衝動のままに書き殴っていた空間。それは、現在の謎のKPIやアルゴリズムに支配されたインターネットとは対極にある、信じられないほど贅沢な「無菌室」だったんですよね。
今こうして自分のドメインを持ち、ブログを開設して「発信」の打席に再び立っているのも、どこかで当時のあの「ただ書くことが純粋に楽しかった空間」を、自分だけのシェルターとして取り戻したいという防衛本能が働いているからなのかもしれません。
結び:過去の無様な熱量を、そのまま置いておく
もちろん、だからといって当時のブログが愛おしいかと言われれば、全然そんなことはないです。普通に恥ずかしいし、明日目が覚めたら奇跡的にサーバーごと消滅していてほしい、というのが本音だったりします。笑
ただ、完璧な人間なんてどこにもいなくて、あの無様で痛痛しいステップを踏んできたからこそ、今の自分の冷徹でロジカルな思考のガワが完成したのも事実です。
消せない過去に身悶えしている30代の同世代の方へ。 その廃墟は、あなたがかつて他人の目を気にせず、自分の熱量だけで呼吸していたという、何よりの証明です。
無理に愛そうとしたり、達観したフリをして綺麗に受け入れる必要はありません。 「まあ、16年前の子供がなんか痛いこと言ってるわ」と、他人のブログを見るような冷ややかな視線でそっとブラウザを閉じ、今の生活の余白を少しだけマイルドに保っていければ、それでいいんじゃないかと思います。

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