「いつも都合よく扱われてない?笑」
友人にそう言われたことがある。
いや、そう。わかってる。
実は自覚があるので「いや、やんな笑」と返した。
当時も直接的な攻撃を受けていたわけじゃない。
怒鳴られたことも、人格否定されたことも、私自身は少ない。
でもあの環境にいた3〜4年間、私は確実に何かを削られていた。
私がいた環境のこと
前職の上司が独立するといって、私はそれについていった。
当時はそこまで危険だという認識はなかった。
今思うと片鱗はあったけど、そのときの選択ミスだったな、と思う。
会社はワンルーム規模の小さいところで、だからこそ逃げ場がなかった。
そしてそこには私の他に、もう一人同僚がいた。
かなり変わったタイプで、実際やらかしも多かったし遅刻寝坊もかなり多かった。だからなのか、しばらく経った頃から何かが狂っていった。
まぁ、怒られるよねということも多かった。ただ、異常だった。怒鳴りながら人格否定する。足で蹴る。殴る。
それがワンルームの小さい空間で行われていて、私はその場にいる。
ずっと、その場にいた。
一度、その同僚が耐えきれず泣きながらマンションのベランダに出て行ったことがある。
私はその一部始終を見ていた。
今でも、あのときのことは鮮明に覚えている。
ただ、それだけでは終わらなかった。
その上司は怒りのまま相手をボロボロにした後、めちゃくちゃ優しくなるのだ。つまり、親身に話を聞いて慰めるようなターンに入る。
典型的なモラハラムーブ、というやつ。
その矛先は私たちだけではなく、仕事で関わる外部の人に対しても、自分が裏切られたと感じると豹変したように横暴になって、恐ろしいことを言い出したりしていた。
私自身、在宅許可が出ている日に自宅で仕事をしていたら、突然チャットが飛んできて「本当に働いていたのか」と詰められたことがある。
もちろんちゃんと働いていた。
動悸しながら、証明できるログを必死に探してスクショを送った。
返ってきたのは「わかりました。今後は疑われるようなことはしないように」の一文だった。
疑われるようなことは何もしていなかったし、思えばそれも、もう辞めます、と伝えた後だった。
今になって思うのは、その社長は自己愛性人格障害なのではないかということ。
あまりにも理不尽、あまりにも出会ったことがない程モンスター、こんなに人を破壊する人はいない。
そう思って、辞めてから色々と調べた。当てはまる要素が多すぎて、素人診断だけど、恐らくそうだと思っている。
自分が下に見られると感じた瞬間に豹変する。
褒めるときは異常なくらい褒めるのに、裏切ったと感じたら別人になる。
自分のことを特別な存在だと思っていて、批判を一切受け付けない。
共感しているように見えて、実際は相手を操作している。
辞めると言ったときの「泣きながら褒める→しばらく後に『どこに行ってもやっていけない』」の流れも、今思えば典型的だった。
あのとき私が感じた「同一人物?ヤバすぎる」という感覚は、間違っていなかったと思う。
直接やられていたわけじゃないのに、壊れていった
私への直接的な攻撃は、正直そこまで多くなかった。
でも確実に壊れていった。
今思うと、ずっとその場にいたことが原因だったと思う。
誰かが怒鳴られている空間に、ずっといる。
誰かが人格を否定されている声を、ずっと聞いている。
それが日常になっていく。
深く思考するようになったのも、細かいところに気づくようになったのも、心配性や不安症が強くなったのも、全部あの頃からだと思っている。
攻撃フラグを探す癖、みたいなものが染み付いてしまった。
就活をする余裕もなく、もうこのままココで終わるのかもしれないと思っていた頃、幸い、縁があり、転職を決めることができた。
そして、私の代わりに新しい人が入った。私はその人に申し訳なくて(多分同じ目にあうから)、半年くらい引き継ぎサポートで残った。
風の噂によると、私の後に入った人は重めのうつ病になった。
最終日、お菓子を持っていって挨拶しようとしたら、その社長は私の挨拶を全部無視して、目も合わさず、そのままどこかに出ていって帰ってこなかった。
残っていた同僚2人にだけ挨拶して、帰った。
その2人のことは今も好きで、たまに連絡をとっている。
それでも後悔していない理由
あの環境にいたおかげで、私は深く思考するようになった。
周りをよく見て細かいところに気づけるようになった。
仕事が丁寧と言われるようになった。
こうやってブログを書こうと思うくらい、色々なことを考えるようになった。
仕事に対するストレスのラインも、あの頃と比べるから、大抵のことは大したことないと思えるようになった。
だから後悔はしていない。
選択ミスだったかもしれないけど、あそこで積み重なったものが今の自分の一部になっているから。
ただ、友人の言葉は正しい。
私はああいう環境にハマりやすいタイプだ。
それは今もそうかもしれない。
だからこそ、ちゃんと覚えておこうと思って書いた。
過去の自分が何を考えていたかを、未来の自分が参照できるように。
それがこのブログの目的でもあるので。

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