『残像に口紅を』感想レビュー|幽白・海藤戦の元ネタ?1989年に言語縛りで書かれた実験小説の狂気

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本好きの知人から「絶対に好きだと思うよ」と勧められて、筒井康隆氏の『残像に口紅を』という小説を読みました。 数カ月前のことなのですが、いまだに「すごい体験だったな」という感覚が妙に生々しく残っています。いや~こんな本初めて読んだ、面白かったです。とにかく構造が。

この作品は一言で言えば、「世界から一つずつ言葉(音)が消えていく」という、かなり特殊な縛りルールだけで進む長編小説。 たとえば「ぱ」の音が消えれば、世界から「パン」という言葉が消え、それ以降は小説の本文でもその文字がいっさい使えなくなる。それと同時に、作中の現実世界からもパンという存在そのものが丸ごと消滅してしまう、という設定です。

これを聞いた瞬間、私の頭に真っ先に浮かんだのが、『幽☆遊☆白書』の蔵馬と海藤のタブー戦でした。細部は違いますが、やっていることはまさにアレ、です。
ちなみに私幽白が大好きなのですが、その中でもあの話が特に好きなんですよね。子供ながらに面白くて、もちろん今読んでも面白くて(余談ですが魔界の扉編がお気に入りです)。
読んでる途中ずっと気になりつつ、なんと、後から調べたら本当にこの小説が元ネタらしいです。
子供の頃に夢中になったバトルのルーツに、大人になってから意外な形でたどり着いてびっくりでした。


1960年代フランスの「奇書」から引き継がれた遺伝子

幽白の元ネタ!?という驚きもありつつですが、さらにこの作品にはリスペクト元があるようです。それが、1969年にフランスの作家が発表した「 e の文字を一度も使わずに書いた小説」。これがヒントになっているそう。

ただ、日本語の場合はアルファベットと違って、一文字消えると「その音を含む言葉(概念)」が丸ごと世界から消えてしまうので、よりルールがシビアだなと感じます。 最初に主人公の娘が世界から消えるシーンは、この小説の不穏な空気感を決定づけていてハッとしました。タイトルの『残像に口紅を』という意味も、そこでなんとなく分かってきます。

物語の中盤、使える言葉がどんどん減って焦るなかで、主人公がまだ使えるエロティックな単語だけを総動員した結果、なぜか濃厚な官能小説みたいになっていく展開があるのですが……ここは単純に読んでいて面白かったです。予想外すぎて、笑

でも、後半に進むにつれて、話はどんどんややこしく、シリアスになっていきます。 言葉が消えることで世界がどう変わるのか、書き手と主人公の境界線が曖昧になっていく構造が不気味で、先が気になって一気に読んでしまいました。

何より驚くのは、この本が発表されたのが1989年(昭和最後の年)だということ。 今ならパソコンの画面上で、文字数カウントや禁止文字のチェックをデジタルで処理できますよね。なんならAIを使えば一発でしょう。
けれど当時は原稿用紙と万年筆の時代。マクロもAIもない環境で、著者はどうやってこの縛りプレイを破綻させずに最後まで書き切ったのか…?すごすぎない…?
その執念というか、狂気のようなものにはただただ圧倒されます。


読者が体験する「言葉を失う」という恐怖

使える文字が残り数個になる終盤は、小説の語彙も物理的に限界を迎えます。
普段、どれだけ自分が言葉というインフラに依存してモノを考えているか。
それが1文字ずつ剥ぎ取られていく感覚は、ただページをめくっているだけなのに息苦しくなるような怖さがありました。 読み終わった後は、普段使っている言葉への意識が少し変わるような、不思議な余韻が残る一冊です。


結び

ストーリーを追うだけの普通の小説に飽きてしまった人や、かつて幽白の海藤戦のルールにワクワクした人なら、きっと読んで損はないと思います。 文字が消えていく世界の果てに何が残るのか、気になる方はぜひ手にとってみてください。

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