「いずれフルリモートは禁止になります」
会社からそう告げられたとき、私の心は憂鬱でいっぱいでした。
それはそうですよね~、めちゃくちゃ快適な環境を手放すことになるんだから…
告知されたのは去年の秋。実際の出社が始まる今年の春まで、約半年ほどの猶予(タイムラグ)がありました。今振り返ると、その「半年間」というモラトリアムがあったからこそ、私は静かに、少しずつ心の準備と覚悟を進めることができたのだと思います。
それから月日が流れ、私は現在、完全に「フル出社」の生活へと切り替わっています。実際に外の世界に揉まれながら最初の1週間を戦い抜いた今、綺麗事いっさい抜きで、私の脳と心に起きている変化のロジックをここに書き残します。
「嫌だ嫌だと騒いでも現実は変わらない。だったら、出社のメリットをハックして自分のために利用してやろう」という、30代の静かな生存戦略の話です。
快適すぎた「人生の夏休み」と、クリエイティブの貯金
これまでの4〜5年間、私のフルリモート生活はとにかく「快適」の一言に尽きました。在宅だからといって集中力が切れることもなく、むしろ自分のパフォーマンスを最大限に発揮できていたと思います。
私は昔から、オフィスにいると周囲の雑談、電話の音、他人の物音がどうしても耳に入ってしまい、脳のメモリを無駄に消費して気が散ってしまうタイプでした。仲の良い同僚とお昼を食べる流れができるのも、たまには一人で静かに過ごしたい日には、ほんの少しだけ気を使ってしまったり。 そうした社内の人間関係のパワーバランスが一切目に入らないリモート環境は、私にとって完璧なシェルターだったのです。
お昼休みにパッと洗濯物が干せる。荷物が届いたらすぐに受け取れる。残業になっても「自分の家」での残業だから、精神的な辛さがまったくない。
そして何より大きかったのは、「仕事が終わった瞬間に、自分の勉強に脳のメモリを100%回せたこと」です。 通勤の移動エネルギーがゼロだったおかげで、仕事終わりにすぐ、動画編集やAIツール、CGの勉強へと滑り込むように集中することができました。どれだけやっても、既に家にいるので「今から帰らないといけない」というストレスがありません。
もしこれが毎日出社だったら、仕事が終わった瞬間は「一刻も早くさっさと家に帰りたい!」という気持ちだけで脳が埋め尽くされ、新しい技術をインプットする余裕なんて到底残っていなかったはずです。リモート生活は、私にとって大きな「クリエイティブの貯金期間」でもありました。
「これは人生の夏休みだな」とどこかで感じつつも、あまりの快適さに「いつかは終わるかもしれない」という予感を、うっすら抱えていたのも事実でした。
満員電車と人酔い。過去のフラグとの戦い
そして迎えた、フル出社の日々。 元々散歩が趣味だったこともあり、徒歩での移動距離自体はそれほど苦になりませんでした。むしろ「朝の光を浴びるのって、こんなに健康的だったんだな。これが足りていなかったのかもしれない」と新鮮な驚きすらありました。
しかし、やはり最大の難関は「電車」と「街のノイズ」です。
ブラック企業に勤めていた頃、会社に行く電車の中で突如としてお腹が痛くなったり、冷や汗や吐き気が止まらなくなったりする身体症状を経験したことがあります。脱出した今では滅多に起きなくなりましたが、電車に乗ると脳が勝手に当時の「攻撃フラグ」を思い出してしまい、常にうっすらとした不安が付きまといます。今は移動距離が短いことだけが救いです。
さらに、私のオフィスは都市の中心部にあるため、とにかく凄まじい「人酔い」を起こします。これに対する自衛策として、少し早めの時間の電車に乗るようにし、極力人の少ない裏道を探して歩くという「通勤ルートの最適化(UXデザイン)」を日々繰り返しています。
「悩みは、暇という土壌に咲く」
「今でもリモートに戻れると言われたら、1秒でリモートを選します」
それが私の本音です。出社生活に「心地よさ」なんてものはまだ1ミリもありません。ですが、1週間を終えてみて、確かに「思考のオンオフのメリハリ」がつき、原因不明のどんよりとした不安に襲われる時間が激減したのを感じています。
ずっと家の中に閉じこもっていると、良くも悪くも「何もしていない時間」が生まれ、思考が内側へと凝り固まってしまいます。 以前、ある動画で「悩みは、暇という土壌に咲く」という言葉を耳にしたのですが、本当にその通りだなと痛感します。朝と夜、トータルで30分ほど強制的に「歩く」という行為は、脳内のネガティブな悩みの土壌を押さえつける、強力な除草剤になっていたのです。
また、リモート環境でのオンライン会議(MTG)のあと、「今の私の対応、大丈夫だったかな?」「怒らせてないかな?」と、画面の小さな枠の奥にある相手の感情を無駄に深読みして不安になることがありました。 それが実際に対面で仕事をしてみると、目の前にある表情や空気がすべてなので、余計な想像力(バグ)を働かせずに済むというメリットもありました。
結び:会社が決めたルールの中で、踊る
フル出社になったことで、皮肉にも「家の中に仕事の気配が一切なくなる」という究極のオンオフが完成しました。現在は、私の大切な城である自宅を、100%完全なプライベート空間へと変貌させるための「さらなる模様替え」の計画にワクワクしています。
もう一つ、自分を納得させるためのロジックがあります。 30代のほとんどをフルリモートの引きこもり状態で過ごしてしまった場合、40代、50代になったときの体力が恐ろしいことになります。
今でさえ、体力が落ちていて困っているのに…
今のうちにフル出社で基礎体力を強制イベントとして鍛えておくことは、長期的な自分の健康への投資なのかもしれない、と。筋トレをするとうじうじ悩まなくなる、という話と同じです。
私の環境の場合、会社が決めたルールがひっくり返ることはありません。 いやだいやだと文句を言っていても時間がもったいないと開き直りました。「心地よさ」はないけれど、出社のメリットを貪欲に見つけ出し、今日も一番後ろの席で静かに戦う。それが、今の私の等身大のフェーズです。
――とはいえ、これはあくまでフル出社になって「最初の1週間」を終えたばかりの私の所感にすぎません。 今から2週間、1ヶ月、3ヶ月とこの生活が続いていく中で、私の心境がどう変化していくのか、あるいはやっぱり限界を迎えるのか(笑)、それはまだ自分でも分かりません。
かつてネットの海に吐き出していた感情のログを、これからはこの静かなブログという城に、定点観測の記録として残していこうと思います。 また少し時間が経ったら、その時の「リアルな手触り」をここに更新しますね。

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